非常時には、その人の本質があらわになります。
とりわけリーダーという立場にある者は、
“何を言うか”以上に、“どうその場に在るか”が問われます。
本シリーズでは、アメリカの事例をもとに、
非常時におけるリーダーのふるまいについて考察していきます。
第1回のテーマは、
「この笑顔は、いったい何に向けられたものだったのか?」
です。
2019年、アメリカ・テキサス州エルパソで銃乱射事件が発生しました。
犯人は移民への憎悪を動機に22人を殺害。
その犠牲者の中に、アンドレ&ジョーダン・アンチンド夫妻がいました。
母ジョーダンは、生後2か月の息子ポール君を守るために身体で覆い、
父アンドレは、妻と息子を守ろうと銃弾の前に立ちはだかりました。
そして二人は命を落とします。
数日後、当時のトランプ大統領は病院を訪問しました。
カメラの前で赤ん坊を抱き、親指を立て、満面の笑顔を見せる。
その写真は広く報じられました。
ここで、あらためて問いたいのです。
彼は、何に対して笑っていたのでしょうか?
救われた命への安堵だったのかもしれない。
訪問という行為を“成果”として演出したかったのかもしれない。
しかし、
それがその場において適切なふるまいだったかどうかは、別の問題です。
この笑顔が放っていたものは、
多くの人にとって「共感」ではありませんでした。
それは“自己演出”に見えた。
そしてその一瞬が、何より雄弁に、
リーダーとしての資質
を語ってしまったのです。
リーダーにとって、共感は装飾ではありません。
共感とは、
同じ地面に立つこと
です。
非常時において問われるのは、
何を言ったか
どんな政策を出したか
よりも先に、
どう黙っていたか
どんな表情で立っていたか
そこに“痛み”を感じていたか
という、存在の質です。
リーダーとは、
その場に立つ資格を、自らのふるまいで証明する者
です。
私はこの写真を見たとき、強く思いました。
共感とは、大きな言葉ではなく、
沈黙や間合いの中に宿るものだということを。
非常時は、リーダーの演説力ではなく、
ふるまい
を通じて、その本質を暴きます。
これは政治の話ではありません。
企業経営、組織運営、プロジェクト責任者──
あらゆる「立つ側」にいる人間の話です。
語る人、怒る人──
そのどちらでも信頼は得られない。
オバマとトランプ、それぞれのふるまいと限界。
そして、本当に信頼されるリーダーとはどのような存在なのか。
次回、さらに踏み込んで考察します。
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