こんにちは。
アカネサス代表の北條です。
食品業界の構造を変えてきた人物や発明を取り上げるシリーズ
「食品業界偉人列伝」。
第2回の今回は、
「発酵」を工業化した構想に迫ります。
食品の中でも「発酵」は、
極めて人間的でありながら、
同時に
人が完全には立ち入れない領域
とされてきました。
発酵の主役は微生物です。
そのため、
職人技に依存しやすい
再現性が低い
標準化が難しい
という特徴を持っています。
こうした領域を、
再現可能な技術
として構造化した人物がいます。
それが、
キッコーマン第7代当主
茂木啓三郎さん
です。
茂木啓三郎さんは、
千葉県野田市の醤油蔵に生まれ、
戦後の混乱期に家業を継承しました。
その中で取り組んだのが、
発酵を「感覚」や「経験」ではなく
設計と検証の対象にすること
でした。
伝統的な木桶による天然醸造を守りながらも、
それを単に継承するのではなく、
どの条件で発酵が進むのか
どの温度で品質が安定するのか
どの期間で熟成が完成するのか
といった要素を
数値化し、再現可能な技術へと変換
していきました。
これによって日本の発酵文化は、
熟練者の背中を見る世界
から、
誰でも品質を保てる技術
へと進化していきます。
その後、キッコーマンの醤油は
世界中に輸出されていきます。
そして、
SOY SAUCE
という言葉は、
アメリカの家庭の冷蔵庫にも
当たり前にある調味料になりました。
しかし、それは
単なる味や健康ブームの結果ではありません。
茂木啓三郎さんは早くから、
日本の発酵文化をどう国際化するか
を考えていました。
具体的には、
英語名称(SOY SAUCE)の整理
卓上用の醤油差しのデザイン
海外での製造拠点の設置
などを進め、
発酵という文化を
輸出できる構造に翻訳した
のです。
この事例から見えるポイントは次の通りです。
発酵は「人が完全に管理できない領域」だった
数値化と再現性によって文化が技術へ変わった
技術を「輸出できる構造」に設計した
つまり、
文化を構造に変えた経営
だったと言えます。
茂木啓三郎さんの挑戦は、
「うまくいっているものを
なぜわざわざ再構築するのか」
という問いへの実践でもありました。
醤油づくりの現場では、
熟練者の感覚が大きな役割を果たしていました。
しかし、その感覚を
言語化し
数値化し
再現可能にする
ことで、
誰でも伝えられる技術
に変えていったのです。
これは単なる技術開発ではなく、
文化の構造設計
でした。
さらにそれを、
パッケージ
ブランド
法規制
言語
衛生規格
といった要素を組み合わせて、
構造ごと海外に輸出
しました。
ここで、経営者にとって重要な問いがあります。
自社の強みや文化は、
翻訳可能な構造
になっているでしょうか。
その技術や価値は、
誰にでも理解できる形で
説明できるでしょうか。
茂木啓三郎さんの取り組みは、
発酵の民主化
とも言えるものです。
それは同時に、
日本型知の輸出可能性
を体現した挑戦でもありました。
実はこの思想は、
現代の発酵企業にも受け継がれています。
例えば、
旭酒造(獺祭)
です。
獺祭の酒造りも、
職人の勘に依存しない
数値とロジックで品質を再現する
という思想を持っています。
つまり、
発酵を「構造」として設計する
という思想の系譜が続いているのです。
次回は、
「大量生産は悪なのか?」
というテーマで、
マクドナルド兄弟とレイ・クロック
の事例を取り上げます。
大量生産と効率化は、
本当に食文化を壊したのでしょうか。
それとも、
社会を変えた構造発明だったのでしょうか。
── 北條竜太郎
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