こんにちは。
アカネサス代表の北條竜太郎です。
前回の記事では、
大阪・天王寺公園「てんしばオクトーバーフェスト」での体験について書きました。
今回はその続きを、少し掘り下げてみたいと思います。
午後2時。強い日差しと湿度の中、テントの下にできた長蛇の列。
その先にあるのは、1杯1,600円のビール。
人々は汗をぬぐいながらも並び続け、あちこちからこんな声が聞こえてきました。
「これ、限定なんやって」
「去年も飲んだやつ、今年もあるかな」
「ひとまずIPAにしとく?」
メニューを覗き込みながら、冷えたグラスの泡に目を奪われる――。
すでに、並んでいる時間そのものが「体験」になっていたのです。
私はこの光景を見ながら、強く感じました。
いま人は「得か損か」で判断していません。
**「納得できるかどうか」**で、消費しているのです。
しかも、その納得は“結果”ではなく“記憶”から生まれています。
「誰と、どんな空気の中で、どう選んだか」
このプロセスこそが、消費の本質的な“満足”をつくっています。
価格や品質を超えて、語れる何かがあるかどうか。
その“手ざわり”が、選ばれる理由になっているのです。
このとき、ふと考えました。
「なぜこの体験は、百貨店では再現できないのか?」
百貨店にも高級ビールはあります。
限定銘柄も揃い、空調も快適。
それでも、人は芝生の上で汗をかきながら並びたがる。
その違いは、**「体験を自分で取りに行っている」**という点にあります。
偶然があり、手間があり、語れる“余白”がある。
百貨店が提供する「完成度」とは真逆の価値です。
人が求めているのは、もしかすると
**「完璧さ」ではなく「残ること」**なのかもしれません。
もちろん、このイベントは偶然で成り立っているわけではありません。
そこには、明確な“設計”があります。
どう並ばせるか
どこで飲ませるか
何と一緒に記憶させるか
すべてが緻密にデザインされています。
1,600円のビールは、その演出の一部。
「記憶に残るなら、むしろ安い」と感じる瞬間すらあります。
この体験を通じて私は思いました。
私たちが提供する空間や商品、サービスにも、
**「どう語られるか」**を設計に含めるべきではないか――と。
モノを売るだけでなく、
そのモノが「誰かの記憶になる」設計を行うこと。
それが、これからの価値づくりに欠かせない視点だと感じています。
それではまた。
株式会社アカネサス
北條竜太郎
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