こんにちは。
アカネサス代表の北條竜太郎です。
今回はシリーズ
『再設計する経営──“社長であること”の呪縛を超えて』
の最終話をお届けします。
ある経営者が、ふと漏らした言葉です。
私自身も何度もこの問いに立ち止まってきました。
社長という仕事は、正直に言ってきつい。
誰にも相談できず、責任はすべて自分。
社員の生活を背負い、自分の時間を削り続ける。
自由があるようで、実はない。
それでも、やる意味はあるのか──。
この言葉をくれたのは、以前紹介した
「全社員が辞めた会社を立て直した」広告代理店の社長です。
構造を整え、業務を手放し、
「社長がいなければ回らない会社」をやめたあと、
彼は**“自分は何をすべきか”**という問いに向き合いました。
そして出した答えが、
「遊びを仕事で埋め、仕事を遊びで埋める」。
彼はいま、現場には出ていません。
数字も追いません。
かわりに、動きや違和感を観察し、週に数時間だけ対話に集中しているそうです。
「社長として働いていないように見えるかもしれません。
でも、今が一番意味のある時間だと感じています。」
構造を設計し直し、手放したあとに残ったのは、
語ることと、設計すること。
私自身も似たような感覚で動いています。
6月はバンコクのTHAIFEX、
8月は香港フードエキスポ、
9月はFood & Hospitality Malaysiaへ。
仕事であり、同時に旅でもあります。
遊びながら仕事をし、
仕事を通して遊ぶ。
この往復運動の中でしか、
本当の「構想力」は磨かれないと感じています。
仕組みを作っても、人は辞めます。
トラブルも起きます。
それでも、「構造で向き合う」「問いを持ち続ける」ことだけはやめない。
経営とは、「答えを出す」ことではなく、
「問いを持ち直す」こと。
その問いを、重さではなく“距離”をもって見つめられるようになったとき、
本当の意味で「自分の経営」が始まるのだと思います。
「社長って、こんなに苦しく、報われないものなのか?」
そう感じるのは、
**「今のやり方で社長をやっているから」**かもしれません。
自分を起点にしない設計にする
決断を構造に委ねる
信頼と育成で“代わり”をつくる
「社長=全部やる人」から
「社長=構造をつくる人」へ。
苦しいのは、仕事そのものではなく、
「社長という職能」が言語化されていないことにあります。
企業が知的集約型・高付加価値化へと移行していく今、
「仕事を回す」だけでは会社は良くなりません。
ドラッカーの言葉を借りれば、
知識労働が中核となる時代には、
**「仕事を回す」のではなく、「仕事の意味と構造を設計する」**ことが求められます。
社長が“動かす人”から“設計する人”へと移るとき、
初めてリーダーシップは構造的な力に変わるのです。
私自身、コンサルティング会社を経営しています。
意識しているのは、次の3点です。
引き出しを増やすこと
顧客対応を減らすこと
文章を書くこと・人に会うこと
道のりはまだ途中です。
それでも、問いを持ち続けることだけはやめない。
『再設計する経営』シリーズを通して、
私たちは「社長という役割に縛られていた経営者」が、
構造を整え、会社を手放し、
その先で“仕事と日常が重なる日々”を取り戻すまでを見てきました。
「こんなもんじゃ終われない」
そう感じている人がいるなら、
次にやるべきことはひとつです。
「社長である自分」を、構造ごと見直すこと。
それが、再起動の一歩です。
北條竜太郎
アカネサス株式会社 代表
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