2025.12.05

先代の理念を、どう継ぐべきか

はじめに

こんにちは。
アカネサス代表の北條竜太郎です。

事業承継の現場でよく聞かれる言葉があります。
「先代の理念をどう継ぐべきか」。

しかし、私の経験から言えば、
それは決して一筋縄ではいきません。

むしろ私が直面したのは──

理念の“失敗”をどう引き受けるか。

という問いでした。


祖父から父へ──理念の変遷

私の祖父は、製餡業で茜丸を創業しました。
純粋な“あんこ屋”です。

そして父の代で始まったのが、「どら焼き事業」でした。
祖業を新しい形で編集し、
大阪土産としてブランドを築こうとしたのだと思います。

四天王寺の隣という立地を生かして生まれたのが、
茜丸五色どら焼き」という象徴的な商品でした。

どら焼きへの設備投資も、販促支出も──
すべてが“次の構想”を信じた挑戦でした。


理念を実装した結果、構造がもたなかった

結果として、会社は民事再生を迎えました。

どら焼き事業の構造は、

  • 回収に時間がかかる

  • 在庫が残る

  • 販売に人手が要る

というもので、
製餡のような“回転が早く・シンプルで・ロスの少ない”ビジネスとは
まったく異なる性質でした。

加えて、当時の工場はコストダウンや生産性向上の設計が不十分で、
OEM展開ができる体制にもなっていませんでした。

つまり、理念を実装した結果、構造が崩壊したのです。

私は「父の理念が間違っていた」とは思いません。
ただ、構造が理念を支えきれなかった──それが現実でした。


理念を「再定義」するという選択

私は、「理念を継ぐか否か」ではなく、
理念そのものの意味を再定義することから始めました。

理念とは、何かを守るための言葉ではありません。

経営構造をどう整えるかという問いに対する、
“言語による構想図”である。

そう捉え直したのです。


製餡への原点回帰と、新たな定義

私は、会社の中心を再び「製餡」に戻しました。
そしてこう定義しました。

「地域の個人ベーカリーを支える製餡業者である。」

どら焼きや贈答品ではなく、
地域のパン屋さん・和菓子屋さん・カフェといった
個人経営の現場を支えることを、自分たちの理念としたのです。

この定義が決まった瞬間から、構想は自然に動き出しました。

  • 製餡ラインの刷新

  • ベーカリー向け製品への特化

  • セールス資料・価格体系の再構成

理念は、単なるスローガンではなく、
経営構造を整理し、共有するための実務的な言葉です。


理念を再定義するという“痛み”

理念の再定義には、痛みと対立が伴います。

あんこの直販を始めることは、
長年続けてきた卸営業を否定することでもありました。

卸の役員に呼び出され、
「なぜ直販を始めるのか」「これまでの努力を否定するのか」と
詰問されたこともあります。

理念を定義するということは、対立を引き受けること。

構想には、必ず“異議申し立て”が伴います。
なぜならそれは、今ある秩序の再編を宣言する行為だからです。

理念を定めるとは、
組織の中で何を優先し、どこに負担がかかるかを決めることでもあります。


直販モデルへの挑戦と、現場での気づき

私は、あんこの直販に踏み切りました。
しかし、それは決して簡単ではありませんでした。

ECサイトを立ち上げた初月の売上は、わずか8万円
構想は正しくても、市場に届くまでには試行錯誤の連続でした。

私は営業に出て、地域の個人ベーカリーやパン工房を一件ずつ訪ね歩きました。

そしてすぐに気づきました。

お客さんの多くは、まだパソコンを持っていなかったのです。

当時の注文はFAX
つまり、「EC化」「直販」という構想を実装するには、
紙の接点が必要だったのです。


構想を“見える化”することから始める

私は数百万円を投資して、紙のカタログとレシピ付き提案資料を作成しました。
「このあんこを、どんなパンで使えるか」をビジュアルで伝える

構想を“見える化”することから始めたのです。

最初は反応がなく、カタログを配ってもFAXは来ませんでした。
けれどある日、1通のFAXが届きました。

「このレシピで焼いたら、売れました。」

その一言が、構想が現場に届いた最初の実感でした。

それ以来、私は訪問を徹底しました。
FAXの向こう側にいる誰かを想像するのではなく、実際に会いに行く

そして気づきました。

顧客を訪問すればするほど、自分の構想も理念も深まっていく。

構想とは、“決めること”ではありません。

諦めずに、伝えながら、編み直していくこと。

それが、理念の実装だと私は思っています。


終わりに──理念は「これからの利益を生むための言葉」

最後に、ひとつ問いかけたいと思います。

あなたが今、語っている“理念”は、
本当にあなたの構想とつながっていますか?

理念は、過去を称えるためのものではありません。
これからの利益をどう生むかを考えるための、実用的な言葉であるべきです。

それではまた。

株式会社アカネサス
代表取締役
北條竜太郎

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