こんにちは。
アカネサス代表の北條です。
森岡毅氏を起点に、これまで5回にわたって「存在的謙虚さ」について考えてきました。
今回が、いよいよ最終回です。
今日は、誰もが陥る可能性のある「裸の王様」を防ぐ仕組みについてお伝えします。
そして最後に、私自身の話もさせてください。
和田一夫氏も、中内功氏も、最後は「裸の王様」になりました。
周囲がイエスマンばかりになり、批判に耳を貸さなくなる。
そして、自分の物語を信じすぎてしまう。
なぜ経営者はそうなるのでしょうか。
理由は単純です。
成功するからです。
成功すると、周囲の環境は大きく変わります。
反対意見を言う人が減り、
「さすがです」
と言う人が増えていきます。
成功体験が積み重なると、
「自分は正しい」
という確信が強くなります。
そしてやがて、
「自分が間違っているかもしれない」
という可能性を考えなくなる。
これが、「裸の王様」への道です。
森岡氏も、この道を歩んでいるのではないかと私は感じています。
USJのV字回復という大きな成功。
メディアからの称賛。
「マーケティングの天才」という評価。
これほどの成功体験があれば、「自分は正しい」と思うのは自然です。
しかし、それこそが「裸の王様」への第一歩でもあります。
では、「裸の王様」になることを防ぐにはどうすればいいのか。
私は、3つの方法があると考えています。
まず必要なのは、意図的に反対意見を言う人を近くに置くことです。
イエスマンは心地いい。
しかし、極めて危険です。
「あなたは間違っている」
と言ってくれる人を、意識的に確保しなければなりません。
中内功氏には、弟の中内力専務がいました。
しかし対立の末、力専務は会社を去りました。
批判者を排除した瞬間から、「裸の王様」への転落は始まります。
人間は、成功体験は覚えていても、失敗体験は忘れやすいものです。
だからこそ、意識的に失敗を記録する必要があります。
こうした記録を書き残し、定期的に読み返す。
それが、成功体験に溺れないための仕組みになります。
最も重要なのが、これです。
「負けない構造」を作ってしまうと、負けを認める必要がなくなります。
負けを認める必要がなければ、
「自分が間違っているかもしれない」
と考えなくなる。
森岡氏の「成功確率73%」という数字は、まさにこれに近いものだと私は感じています。
失敗しても、
「残りの27%に入った」
と言える。
負けを認めなくて済む。
その構造では、存在的謙虚さは育ちません。
「負けない構造」は、短期的には自分を守ります。
しかし長期的には、自分を蝕む毒にもなります。
ここで、私自身の話をさせてください。
22億円の負債を抱えたとき、私は「裸の王様」でした。
正確に言えば、「裸の王様」になる前に会社が倒産したのかもしれません。
民事再生。
そして、連帯保証人としての巨額の債務。
そのとき私は、正直に言えばこう思っていました。
「自分は悪くない」
「先代の経営判断のせいだ」
「環境が悪かった」
「タイミングが悪かった」
そう考えていました。
しかし、それでは前に進めませんでした。
私は12年間もの間、債務を抱え、自己破産の決断ができませんでした。
「自分は悪くない」と思っていたからこそ、
「自己破産する自分」
を認められなかったのです。
12年かけて、ようやく決断しました。
そのとき、初めて思いました。
自分にも責任があった。
たとえ経営判断に直接関わっていなかったとしても、その会社にいたのは自分です。
連帯保証人になったのも自分です。
「自分には責任がない」と思い続けることは、
「自分は悪くない」と思い続けることと同じでした。
それもまた、一種の「裸の王様」だったのかもしれません。
存在的謙虚さは、意志の力だけでは維持できません。
成功すればするほど、
「自分は正しい」
という確信は強くなります。
だからこそ、仕組みが必要です。
私は今、小さな会社を経営しています。
社員は6人。
売上は2億円程度。
まだ「裸の王様」になるほどの成功はしていません。
しかし、だからこそ今のうちに、仕組みを作っておきたいのです。
これが、私なりの「裸の王様」防止策です。
最後に、森岡氏への問いを記しておきます。
あなたの周りに、
「あなたは間違っている」
と言ってくれる人はいるでしょうか。
自分の失敗を記録し、定期的に振り返っているでしょうか。
そして、「負けない構造」に頼っていないでしょうか。
イマーシブ・フォート東京の閉業は、
「27%に入った」
で済ませていいのでしょうか。
「私の判断が間違っていた」
と公に言えるでしょうか。
これは批判というより、切実な問いです。
そして同時に、私自身への問いでもあります。
全6回にわたって、
「なぜ私は森岡毅が嫌いなのか」
というテーマを起点に考えてきました。
結論は、こうです。
森岡氏に欠けているのは、能力ではありません。
欠けているのは、存在的謙虚さです。
これらを受け入れる覚悟です。
そしてこの問いは、森岡氏だけの問題ではありません。
成功した経営者すべてに突きつけられる問いです。
私自身も、いつか成功したとき、同じ問いに直面するでしょう。
そのとき「裸の王様」にならないために、今から仕組みを作っておきたい。
この連載を書きながら、そう強く思いました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
6回の連載を終えて、思うことがあります。
森岡氏を批判しながら、実は自分自身を見つめていました。
私の中にも「隠す傲慢」があり、「負けない構造」に逃げたくなることがあります。
「裸の王様」になる可能性は、誰にでもある。
だからこそ、この連載は私自身への戒めでもありました。
もし読んでくださった方の中に、ご自身を振り返るきっかけが生まれたのなら、これほど嬉しいことはありません。
第1回で、こう書きました。
あなたの直感は、たぶん正しい。
カリスマに違和感を覚えること。
称賛の声の中で、一人だけ「何かおかしい」と思うこと。
その直感を、大切にしてください。
── 北條竜太郎
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